DH9型機はブリスベンへ
1925年、当時はまだ小さかったオーストラリア空軍(RAAF)内に第3飛行隊が正式に結成された。この飛行隊は5番目の名称であったが、RAAFとして初の作戦を実施したのは、DH9機2機がRAAFリッチモンド基地からブリスベンショーへ飛行した時であった。
この飛行隊は、イギリスからの帝国贈与品として受け取った戦闘機、軽爆撃機、陸軍協力航空機の混合部隊を運用していた。第一次世界大戦終結時、英国空軍(RAF)は推定2万機の余剰航空機を保有していた。航空参謀長ヒュー・トレンチャード卿は、帝国戦時内閣に余剰航空機を自治領に寄贈するよう働きかけ、成功した。
第一次世界大戦で使用された航空機の代替品に加えて、航空機の寄贈は、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、カナダ、インドの新しい空軍の中核を形成した。この技術は第一次世界大戦時代のものだったが、優れた設計で整備も行き届いており、新しいRAAFを構成する元オーストラリア飛行隊の航空兵や地上勤務員にとっては馴染み深いものだった。
| 航空機 | 数量 | エンジン | 数量 |
| アブロ | 35 | プーマ | 37 |
| DH.9 | 28 | 130hp クレルジェ | 44 |
| DH9.A | 30 | 180hp ヒスパノ・ヴァイパー | 1 |
| S.E.5 | 35 | 200hp ヒスパノ・ヴァイパー | 41 |
| リバティ | 63 | ||
| 合計 | 128 | 186 |